学術フロンティア講義「気候と社会」第10回目の講義は、総合文化研究科附属国際環境学教育機構の前田 章教授をお招きし、「気候変動問題への経済学の視点」をテーマとして、気候変動問題に対して一般的に語られる言説とは異なる切り口から、問題の本質の捉え方を解説いただきました。
講義の主な論点は以下の通りです。
- 現代社会に不可欠な天然資源・環境
- 費用と便益のバランス
- 経済メカニズムによる自律的な社会的最適性と公平性の実現
- 世代間の公平性
- 気候変動経済モデルの考え方
前田先生は最初に、「問題」は、問題と思う「人」がいるから問題なのだ、ということを語られました。論点整理として、我々の経済社会は有限な資源・環境に依存せずしては成り立たないことを説明され、ゴミを散らす人と片付ける人を例に、問題の構図が、自身だけの場合と他人関係の場合で異なることを示されました。自然資源・環境の利用は、経済活動への寄与など便益をもたらす一方で、有害物質の発生や健康への悪影響などの副作用(社会的費用)をもたらします。本来、社会的便益から社会的費用を引いた純便益が最大になるところが社会的に最適であるが、自由放任の場合には社会的費用が忘れられがちで、規制が必要となることを説明されました。その上で、経済メカニズムの役割について、限界便益と限界費用から「社会的に最適な総排出量」が導かれること、便益を享受する人と被害を受ける人が分かれている場合に、当事者間で金銭的取引交渉が可能であれば、当事者の自由意思で成立した取引により、双方が必ず得をすること、その取引結果が社会的に最適であることを具体例を引いて説明されました。この結果が「公正」ということであり、当事者間で取引交渉がお膳立てされれば規制は不要であるが、例えば京都議定書ではお膳立てが十分でなかったと語られました。また、気候変動では世代を超えた影響があるため、交渉の一方の当事者が不在の状況となり、社会的最適性や公平性を実現するには強権的な規制が必要不可欠という見方もあり得るが、世代は連鎖しており、現世代が子々孫々まで考慮に入れた行動をとることで、そうした規制が無くても社会的最適性や公平性が実現され得るという見方が、経済学の観点では多いということです。最後に、気候変動政策モデルとして、2018年ノーベル経済学賞受賞のNordhausイェール大学教授のDICEモデルや、その基礎となるラムゼーモデルなどについてご紹介いただきました。経済メカニズムによれば社会的最適性と公平性が自律的に実現できる、ということで、社会的影響が大きいことを強調して締め括られました。
<まとめ:中崎城太郎>